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さようなら、なつかしの「虎ノ門 鈴傳」

2008年4月25日

鈴傳店内.jpg 4月23日、虎ノ門の居酒屋「鈴傳」に久しぶりに行ってきた。
 この4月25日に閉めるということを伝え聞いて、もう一度行っておかねば後悔する、と考えたところ、同じように考えていた森隆さんに「行きましょうよ」とお誘いをうけた。森さんは知る人ぞ知る、有楽町「宝」などの人気居酒屋グループの統括マネジャーかつ総合ソムリエ(筆者かってに命名)として有名。いまは霞ヶ関の新店「ビストロW」にほぼ常駐している。
 待ち合わせは鈴傳の開店時間という午後5時。ところが、ちょっと5分ほど遅れていっただけなのに、ノレンを上げたら、もうほとんど満杯である。入り口を入ってすぐ左側の奥で森さんが手を上げている。前の席に滑りこみセーフ。隣に地酒通のK氏や、いまはなき名店「夢酒」(森さんの作品)の初代店長を務めたH氏の顔も。

 ご存知の方は多いと思うが、鈴傳は小さな店だが、細いテーブルに丸イスをぎっしり詰めて、50人から60人くらいすわれる。お世辞にもきれいな店とはいえないが、そこが気のおけない昭和のムード漂う居酒屋らしい居酒屋。なにせ表の大きな赤い看板に「うまい酒」とズバリうたっているところが凄い。霞ヶ関の官庁街と虎ノ門ビジネス街のはざまの、勤労オヤジのオアシスのような酒場なのだ。当然いつも常連さんがぎっしり。外にあふれて一杯やっている光景も珍しくなかった。
 人気の理由は、庶民的な雰囲気だけではない。地酒の人気銘柄を気軽に飲める"名酒居酒屋"の魅力が他とは違うのだ。年季が入った薄茶色の壁に手書きの酒メニューが貼り出してあるが、どれも当代の人気銘柄、実力派。われわれが頼んだのも十四代に飛露喜、九平次。ちょっとミーハーか? ま、たまには日本酒の一ファンに戻って堪能した。日が高いうちに飲むと、一段とウマイ。全員うなづいた。
 こんな酒が1合グラスたっぷりで、500円から600円台で飲めるのがありがたい。つまみは森さんが、やっぱりこれでしょう、と冷奴にざる豆腐、ポテトサラダ(に醤油をかける)。うまい酒があれば、料理なんてそんなにいらない。

  この店の酒メニューがいいのは、周知のとおりここが老舗の名酒専門店「四谷 鈴傳」直営の居酒屋であるからだ。地酒普及の草分け的存在で、かつて久保田会の会長を務めるなど第一人者でもある磯野元昭会長が、愛しかつ育ててきたのが、居酒屋・鈴傳だ。昼は本丸の酒屋経営に精を出して、夕方になると居酒屋に移って"酒場のオヤジ"に変身。それはそれは楽しそうにお客の注文をさばき、話し相手になっていた。
 お客もみんな、そんなオヤジさんを慕って通っていたのだと思う。高齢になられて、ここ数年は店に出る割合も減って寂しくなっていた。かくいう私も、磯野さんのスラリとした姿と笑顔がみえないと、がっかりした。やっぱりお客は"人"につくのだ。

 

 私が「鈴傳」に出会ったのは20年以上昔。前の勤め先が近かったので、常連というほどではなかったが、時々通った。閉店後にのぞいたら、わざわざイスをテーブルから下ろしてお酒を出してくれて、おしゃべりまでつきあっていただいたことも。酒類専門の仕事に就いてからは、本格的にお世話になった。上京した若い蔵元と訪ねると、忙しいさ中に長時間お話してくれた。
 9年前、蔵元の勉強会にゲストとしてお越しいただいた時のことを忘れることはできない。地酒の固定観念をやぶるような体験談と哲学に学ぶことは多かった。たとえば、「辛口のお酒ください」という女性客に、芳醇旨口の酒を黙って渡したら、次にきた時に「この前の辛口、とってもおいしかった」と喜ばれたという。「辛口」の一人歩きに、一矢報いたお話。(いまだったら何に一矢、報いようか)
 終了後、困ったことに磯野さんはささやかな講演料を受け取ってくれない。押し問答の結果、虎ノ門の店で飲んで行ってくれればいい、となった。10人くらいで明るいうちにのりこんで、数時間、飲むは 飲むは。次々とラベルのないボトルが、ウマイ酒が、出るは出るは。
 生涯あれほど飲んだことはまずなかった。同席した蔵元さんもホテルまでどうやってたどりついたか記憶の抜けた人が多かった。飛び入り参加した大阪の卸M社のS常務などは、丸イスから思い切って転げ落ちていた。いまでもみんな顔を合わせると、あの時は凄かったねエ(そして若かったんだねエ)と、懐かしんでいる。

 

 閑話休題。1時間も飲んでいないのにあとからあとから店をのぞいては、諦めきれない表情で顔を引っ込める客がふえてきた。どうやら外には列ができているようだ。本当の常連さんの席を奪ってはなるまい。森さんとH氏と私の3人は、名残惜しくも店を出た。もう一献だけ〆にいくとすれば、アノ店しかあるまい。
 虎ノ門には鈴傳と並び称された名居酒屋がもう1軒ある。「虎ノ門 升本」だ。こちらはワイン専門店の草分け「ヴァンシュールヴァン」で有名な酒販店「マスモト」の直営店。店内はみごとに中高年オヤジの背広組ばっかり。お燗酒に、名物のタコおでん。ホッとする正統派昭和レトロの懐かしさ。
 両店とも「にっぽん酒場遺産」ってのがあったら、即登録だね。

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