「虎ノ門 鈴傳」の続きです。52年に及ぶ歴史に幕を引く最後の4月25日。この日もまた、未練がましく行ってきた。ふだんロクに行かないで、なくなると聞くとあわてて騒ぐ。道頓堀の「くいだおれ」閉店を"惜しむ"マスコミや半可通のようで、いささかお恥ずかしい。
ということで今回も一人では行きにくくてお誘いしたのは、虎ノ門に2つの名門居酒屋ありとうたわれたもう一方の旗頭、「虎ノ門 升本」の篠原社長。本来なら商売敵だが、篠原社長は鈴傳ファンでしょっちゅう通っていると聞く。店の人とも顔なじみだ。
今回は少し新進の銘柄に挑戦して、やはりサッと引き上げることにした。この日も開店の5時には全員肩を寄せ合う相席状態で、隣には若い男性が二人。てっきり連れかと思っていたが、話すとアカの他人。昔むかし、地酒ブーム、吟醸酒フィーバーの頃はこんな若者がたくさん名酒居酒屋を徘徊していたものだった。まだ生き残っていたかァ、つい懐かしさがこみあげる。
前回もふれたが本年80歳の鈴傳・磯野元昭会長はとても面倒見のいい方で、とくに若くて意欲的な蔵元を引き上げる方だった。象徴的なのは今をときめく「十四代」蔵元・高木顕統さんの初めての酒を売り出したことだろう。以来、十四代を飲みたさにこの店に通う客が少なくない。筆者もここで高木さんにお会いして同席させてもらったことがある。蔵元と気軽に出会える店、それも魅力の一つである。
そんなことで壁に貼り出された40数種の酒メニューは一見の価値あり。といっても、もう二度と見ることはできない。そこで、せっせとメモをしてきたので、その全貌を紹介しよう。鈴傳さん、お許しを。
壁のメニュー、銘柄・商品名は、行くたびに一つか二つ、必ず入れ替わっている。入れ替わらないものもある。つまり、その時その時の人気商品や新進銘柄、トレンドの指標といえる。一方、確固たる定番として揺るがぬ酒もある。その組み合わせの広さと奥行きは絶妙、地酒のこれまでの足取りと今の酒質の広がりをすべてカバーしているのではないかとさえ思われる。
前置きが長くなったが、まず定番の古典的なものには「久保田・千寿」「八海山・淡麗辛口」の新潟酒に、山形の時代を切りひらいた「出羽桜」は吟醸生など3種。大御所銘柄として青森は「田酒・」、岩手「七福神・大吟醸」、石川「菊姫・にごり」、静岡「開運・純米」、山形「上喜元・純米吟醸」など。個性の埼玉「神亀」は"活性にごり"で。
スター的な人気銘柄では山形「十四代・中取り純米吟醸・備前雄町」に福島「飛露喜・純米吟醸」、愛知「醸し人九平次・純米吟醸」など。あとに続く宮城「日高見・純米」、山口「東洋美人・特別純米」、福島「南・純米吟醸」、同「奈良萬・純米無濾過生原酒」、新進の山形「裏・雅山流」、宮城「乾坤一・特別純米」、同「伯楽星・特別純米」など。さらに岐阜「房島屋・純米」、高知「亀泉・純米」など。根強い人気の山形「くどき上手・純米吟醸」、同「東北泉・純米」
渋いところでは石川「手取川・山廃」、山形「冽・純米」(失礼、実際の酒銘はサンズイ偏のレツです)に、かつて東京でよく飲めた(筆者もファンだった)懐かしの石川「獅子の里・中取り純米吟醸」、長野「夜明け前・辛口」。それに初めてお目にかかった埼玉「花陽浴・純米吟醸おりがらみ」、読み方わかりますか?「はなあび」という。そして、先日の栃木の試飲会で目に(舌に)とまった「姿・純吟無濾過生原酒」がもう鈴傳デビューをはたしていた。早いこと。その一方では、福島の地元だけで有名な「花泉」が"奥会津、幻の銘酒"のコピーで掲げられている。この目配りの広さ。
ところで居酒屋の楽しみの半分は、否、一般的には半分以上、酒よりも食いもんだろう。その証拠に名酒居酒屋でも、酒だけで売って食いもんのうまくない店は寿命が短い。その点、鈴傳は食のメニューもいい。けっしてグルメではないが、客単価を考えた酒飲み向きのうまいものが揃っていた。この日の白板の「本日のおすすめ」は、刺身三点盛1000円と合鴨スモーク600円以外は、豆腐もろみ漬け、三つ葉おひたし、うるい酢味噌、数の子ワサビ漬け、ウドきんぴら、牛スジ煮込の6品がすべて450円、例のポテトサラダなんか300円でっせ。すべて値ごろで、かつ守備範囲が広い。
酒は1杯600円が基本で、一部550円、700円もある。酒販のプロならこの値付けの格安さはわかるだろう。酒を2杯やって、ツマミを2品とっても2000円ちょっとから堪能できる。
ありがたい店だな......と酔眼をもう一度壁に向けると、磯野会長のものだろうか、川柳が数首。「呑ん兵衛が語る言葉に裏はなし」、ゼヒそうありたい。「苛立ちを酒に溶かしてぐっと干す」、ゼヒこうありたい。「おお虎にならぬ手前の虎ノ門」、うまい!! 座布団一枚。こっちもそろそろ引き上げねば。「鈴傳の地酒が語る酒ごころ」、ほんとうに長い間、ありがとうございました。
といっても四谷本店の酒販店は後継ぎの現社長が立派に継いでいる。併設の立ち飲みも健在だ。この立ち飲み店も、オススメである。 (小島)
