
かなり前のことでどんな飲み会だったか忘れたが、ある若手の酒専門店経営者にビールを注いだ時、その注ぎ方に軽く注文をつけられたことがあった。
私は一度グラスの3分の2くらいまで勢いよく注いで泡がしっかりのぼってくるまで待ってから、再びゆっくり注ぐ。ビアバーで覚えた二度注ぎを披露したわけだが、彼は顔をしかめて、一度に注いだ方がきれいだという。そういわれれば、そうかもしれない。ボトルを手に泡が固まるのを待っている図は、どこか間が抜けているかもしれない。影響を受けやすい私は、それからなるべく一度でクリーミーな泡を立てるようにしている。
酒はただ飲めばうまい、という飲み物ではない。飲むまでの道のり、飲む所作や道具立てで、もっとうまくなる。より高い満足感を追求するコダワリ派は、カッコがいいか悪いかにこだわる。それはファッションやクルマにより高い満足感を求めるのと同じだと思う。大げさにいうなら、酒の飲み方、どんな酒をどんな時に飲むのか、にその人のセンス、生きるスタイルや姿勢まで表れる。プロの酒屋として生きるなら、他人の眼を意識しながら、カッコいい酒のスタイルを身につけるべきだろう。ヒントはその気になればどこにでも見つけることができそうだ。
たとえばワインのテイスティング。10年ほど前に、フランスはローヌのワイナリーと学園を舞台にした映画を観た。ブドウの自然栽培を貫く中年女性オーナーを主人公にした、邦画なら松竹大船調の品格のある映画だった。彼女が自慢のワインをふるまうシーン。ほのかに好意を寄せている紳士(大学の先生)がごく軽くグラスを回して香りをきいてから、口にふくんで満足そうに微笑む。グラスの上に寄せられた三角の高い鼻がカッコよく、様になっている。やっぱ本場もんにはかなわんわ。この時以来、グラスをグルグルぐるぐる何回も回して、ふちから低い鼻を突っ込んで香りをきく(匂いをかぐ?)のだけはやめようと思った。
