よき友・うま酒・商売繁盛 blog

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お酒のカッコよさ

2008年4月17日

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 かなり前のことでどんな飲み会だったか忘れたが、ある若手の酒専門店経営者にビールを注いだ時、その注ぎ方に軽く注文をつけられたことがあった。

 私は一度グラスの3分の2くらいまで勢いよく注いで泡がしっかりのぼってくるまで待ってから、再びゆっくり注ぐ。ビアバーで覚えた二度注ぎを披露したわけだが、彼は顔をしかめて、一度に注いだ方がきれいだという。そういわれれば、そうかもしれない。ボトルを手に泡が固まるのを待っている図は、どこか間が抜けているかもしれない。影響を受けやすい私は、それからなるべく一度でクリーミーな泡を立てるようにしている。

 酒はただ飲めばうまい、という飲み物ではない。飲むまでの道のり、飲む所作や道具立てで、もっとうまくなる。より高い満足感を追求するコダワリ派は、カッコがいいか悪いかにこだわる。それはファッションやクルマにより高い満足感を求めるのと同じだと思う。大げさにいうなら、酒の飲み方、どんな酒をどんな時に飲むのか、にその人のセンス、生きるスタイルや姿勢まで表れる。プロの酒屋として生きるなら、他人の眼を意識しながら、カッコいい酒のスタイルを身につけるべきだろう。ヒントはその気になればどこにでも見つけることができそうだ。

 たとえばワインのテイスティング。10年ほど前に、フランスはローヌのワイナリーと学園を舞台にした映画を観た。ブドウの自然栽培を貫く中年女性オーナーを主人公にした、邦画なら松竹大船調の品格のある映画だった。彼女が自慢のワインをふるまうシーン。ほのかに好意を寄せている紳士(大学の先生)がごく軽くグラスを回して香りをきいてから、口にふくんで満足そうに微笑む。グラスの上に寄せられた三角の高い鼻がカッコよく、様になっている。やっぱ本場もんにはかなわんわ。この時以来、グラスをグルグルぐるぐる何回も回して、ふちから低い鼻を突っ込んで香りをきく(匂いをかぐ?)のだけはやめようと思った。

 日本酒衰退のシンボルのように冷遇されることの多い一升瓶でも、時と場合によっては、カッコよく映えることがある。これも映画のワンシーンで恐縮だが、鬼才・故岡本喜八監督の30年以上も昔の作品に「ダイナマイトどんどん」という喜劇がある。ヤクザ同士の抗争を警察署長のアイデアによって野球の試合で決着させようというストーリー。組員がドスをバットに持ち替えて日々練習に励む、そのミスマッチぶりが実におかしい。

それはともかく、一升瓶の話だ。一方の組のリーダー格でムショを出たばかりの若者(北小路欣也)が、愛人の小さな居酒屋のカウンターの中で一人酒盛りをしているシーン。敵方の菅原文太が階段の上から盗み見ている。欣也は一升瓶を横にドンとおいて、酒を湯飲みに注いではグイグイやっている。次々と注いではグイッと干す。たくましい体に丸首シャツ1枚。鋭い目をした若いヤクザの、一升瓶のカッコよさといったらなかった。

 カップ酒にもカッコいい飲み方がある。それを知ったのは、大阪のA酒店を訪ねた時のこと。自販機だけのショップを日雇い労働者の寄せ場地区に何店かもっているので、取材させてもらった。

Aさんの話では、労働者の多くは疲れた体にカツを入れるために自販機のカップ酒を飲む。だから、クーっと一気に飲み干して、空き瓶用の一斗カンにドーンと落として、サッといなくなる。チビチビ、ウダウダやらないところがいい。これは立ち飲み屋での粋な飲み方にも通じるかも。

 こんな話をしているときりがない。ある酒販店主は、日本酒をグラスからこぼして升で受ける注ぎ方が嫌いだという。ワイングラスに8分目くらい満たすのが最もいいというのだ。もちろん、この逆もある。筆者は6割方、そちら側だ。また、ぎりぎりこぼれる寸前で、ふちに盛り上げたくらいがカッコよくうまい、という日本酒好きもいた。口からお迎えに行くのが、カッコいいのか、悪いのか。

 お酒のカッコいい飲み方はいかに、そんな議論をぶつけ合うのもおもしろいのではないかと思う。

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